立憲民主主義の確立にむけて

            

48回衆議院議員選挙にあたって

 目次

 1状況の概要

 2改革の経緯

3保守とは

    4日本型ファシズム

    5ポピュリズム

   6統治構造と格差

7構造変動

 8再生戦略         

5ポピュリズム(.現代ポピュリズムの広がり) 上田雅治 立憲民主主義について から編集

○欧米におけるポピュリズムの広がり

 ・政治理論研究者の山本圭氏によると、近代デモクラシーには「立憲主義的解釈」と「ポピュリズム的解釈」という二つの解釈がある。「立憲主義的解釈」は法の支配、個人的自由の尊重、議会制を通じた権力抑制を重視する「自由主義的」立場であり、他方、「ポピュリズム的解釈」は人民の意思の実現を重視し、統治者と非統治者の一致、直接民主主義の導入など「民主主義的」要素を前面に打ち出す立場である。この二つの解釈の間には緊張関係があり、両者のいずれかをとるかで、ポピュリズムへの評価が変わる。

 ・ポピュリズムは民衆の参加を通じてより良い政治を目指す「下」からの運動であり、既成の制度やルールに守られたエリート層の支配を打破し、直接民主主義によって民衆の意思の実現を志向する。しかし、民主主義が未成熟な新興国などでは、ポピュリズムは人々への参加と包摂を促す一方、権限の集中を図ることで制度や手続きを軽視し、少数派に抑圧的に作用する場合がある。

・政治における善悪二元論や大衆対エリートの対立図式は非常に一般的なもので、ポピュリズムはイズム・主義と呼ぶほどの体系的な理念を持たないことにこそその特徴があると言えるが、近年では、テレビ報道のワイドショウ化が進み、特定個人への信頼やアイドル化を特徴とし、マスメディアを背景にした政治のショウビジネス化(劇場化)を指すことが多い。

 ・現在、民主主義の成熟したヨーロッパにおいて1990年以降ポピュリズム運動が広がっているが、その理由は何か。第一にグローバル化やヨーロッパの統合の進展、冷戦の終焉といったマクロな変化のなかで、それまで各国で左右を代表してきた既成政党の求心力が弱まり、政党間の政策距離が狭まったこと、

・第二に人々のライフスタイルの変容、産業構造の高度化と複雑化に伴いう労働者の意識の多様化が進み、世俗化が進み宗教系団体の組織力も顕著に低下したことで、政党を含む既成組織・団体等の社会集団において「統合力と凝集力」が弱体化し無党派層が増大した。その結果、既成政党・団体の指導者(エリート)がもはや人々の代表者として見なされず、市民社会が特権的エリートと忘れられた大衆に断絶されたこと。

・第三にグローバル化に伴う社会経済的な変容による「勝ち組」と「負け組」間の格差拡大である。経済のグローバル化と産業構造の高度化は他国企業やIT企業、金融サービス業などの発展を促し、グローバル都市に大企業や高所得者が集中し、他方、経済のサービス化・ソフト化は規制緩和政策とあいまって「柔軟な労働力としてのパートタイム労働や派遣労働などの不安定雇用を増大させ、新しい下層階級を生み出している。その結果、グローバル化やヨーロッパ統合を一方的に受け入れる政治エリートへの不信が高まり、ポピュリズム政党は生活や雇用が脅かされている「敗者」を代表する存在として支持を集めることに成功した。

○アメリカの反エリート主義・反知性主義

・アメリカでは当初、泡沫候補と見られていた不動産王のトランプは「アメリカ・ファースト」を掲げ、これまで大衆が潜在的に抱えていたグローバル化への違和感、既成政治の無策への反発、地域衰退への危機感をマスコミを巧みに利用し過激な弁舌で煽り、これまで「忘れられてきた白人労働者」の不満をまとめ、大衆(サイレント・マジョリティ)の守護者として、ワシントンのエリート政治家を激しく批判し、敵対する候補を次々に蹴落とし、これまで政治経験が無いにも拘らす大統領に就任した。

20世紀になって南部にいた宗教的に保守的な福音派が西部や中西部に大規模に移住し、これらの地域にその影響が強くなり保守主義が広まった。現代アメリカの保守主義は、かつてのように東部イスタブリッシュメントではなく、宗教化した信心深い人々によって支えられている。

・アメリカ社会を支えているのは、一握りのエリートではなく、地位も学歴もないけれども、生活に根差した健全な判断力を持つ普通の人々であり、このような信念に支えられた反エリート思想という反エリート主義が普通の人々の政治信条に歴史的に息づいている。

○日本型ポピュリズム

 ・日本では、小泉内閣は郵政民営化政策を実現するため、反対勢力を抵抗勢力と非難し、マスコミを通じて直接に国民に訴える政治手法を用いた。それに対してマスコミや小沢一郎などが小泉内閣を批判し、主として統治責任を放棄し扇情的に大衆動員を図り、政策を訴える大衆迎合主義という意味で、初めてポピュリズムと言う表現は用いられた。

 ・2012年に自民党と民主党の既成政党への失望が広がり、「第三極」への期待が高まった時に、タレント弁護士として知名度を誇った橋下徹が党首となった「日本維新の会」が既成二大政党と対決し抜本的な改革を断行する新政治勢力として登場した。

・「日本維新の会」の特性は、そのポピュリズム的な政治手法であり、橋下は自らを普通の市民の味方である改革勢力と位置付けた上で、特権的な「エリート」=「抵抗勢力」との対立という善悪二元論的な図式を作り上げ、マスメディアなどを通じて無党派層の幅広い支持を集めることに成功した。テレビメディアなどでこれまでの「タブー」を破る過激な発言を続けてメディアの注目を一身に集め、賛否両論を巻き起こしながら既成政党では出来ない改革を掲げて、事実上の個人政党を作り上げた。そして、既成政治家と異なる強い政治リーダーたることを志向し、リーダーシップを強力に発揮できる政治体制への変革を求めた。このような政治手法は2002年に生じたオランダのフォルタイン現象と近似している。

 

 

 

このページはクリエイト関西21が作成しました。20171015