21歳で見せていただいた天地創造の映像経験

 時は、京都大学土木工学科4年生の春でした。

 卒業論文のテーマ選択が迫られ、60人分のテーマが掲示された。文系や今の理系のように個人の主体性に基づくテーマ選定ではなく、当時の社会情勢に最もフィットしていると思われるテーマが教授会で選定され、それを学生が選ぶのです。私にはまったくどれを選んでよいのかわからなかったので、ギブアップして、まず、牧師に相談に行った。それほど、KGKの交わりと祈り会で話されていた人生設計のテーマが聖書中心に指導されていたので、工学としての学びの中心テーマと信仰の中心が乖離しており、ことばとしてつながらなかったのです。そのような傾向は今でも同様であると思わますが、その悩みをそのまま牧師にぶっちゃけるようにできたのもKGKの祈祷会の大きな成果であったと、今でも、感謝しています。

 野口牧師の答えは、また、すこぶる簡単なものでした。

きみなあ・・聖書には、すべての答えが書かれているんや。それが分からへんのは、なあ・・チャンと祈って求めてへんからやで・・それと、祈り方が間違っていることもある・・祈る前に、ちゃんと聖書を読んでいるか? 

 それは、KGKではしつこく教えられていたけど、聖書は聖書、工学は工学・・バラバラ・・それ以来、みことばとテクニックの結合が始まった。生きた神のことばは日々,瞬時に私の内でつながって、創造の御業が行われる。私の体は隅々まで、生きて働かれる愛の神ハーラーの創造の結果・・でも、サタンも同様に強く、混とんとした霊的な戦いの場でもある。

 そのようなインスタ映えはしないけど、創世記1章2節の動画を啓示されたのは21歳の春であった。
そして、その啓示の後に、迷いはなく、波のスペクトル分析というテーマに導かれた。