保坂区長ヒアリング QA3 基礎自治体東京市は震災時に機能したか?            ヒアリング音声許可なく音声の拡散は著作権法により禁じられています

                 区の人事、職員教育、異動はどうなっていますか?


市川:一括で全部広域の権限を集中したのですね。 保坂:戦時体制ですね。 市川:うむを言わせないでね。それであれば、戦後の焼野原になったときの復興を集中的にしなければ いけないときにはこの集権体制はよく機能したのででしょうか? 保坂:ぼくは関東大震災の時の東京市の方が後藤新平がいて、復興院ができて、大胆な復興都市計画を 決めることができてよかったのではないかと思う。戦後は戦争で人材もなにもかも機能しなかったこと はあるにしても、都だから戦後復興計画がよくできたとは言えない。むしろ、住宅が急いで作られたの で、道路などのインフラは後手後手にまわった。大阪市が区画整理で戦災復興事業を実施できたが 東京都はそれ以上に権限をもっていたが、戦災復興計画は機能しなかったのではないか?検証を必要と する材料であると思う。
池田:区の人事、採用、教育、人事異動などに関してはどうなっていますか? 保坂:佐野区長のときまでは部長級の管理職は都の人事権で異動されていたと聞いている。 藤野:1974年(昭和49年)までは都の職員として採用されて、区に配属されていた。東京都に 戻りたいと意思表示があれば戻れた。大場区長の区長公選制が始まったところで区の職員採用が始ま った。 保坂:今、現在は区の職員について人事権は区がもっています。4万人いる小中学生を教える教職員 2千5,600人の教職員の人事権は途中のプロセスは区がかかわりますが、最終的には都の教育委 員会にあります。それから保健所の所長は東京都のローテーションで行われている。保健所の行政サ ービスは区が実務を行っていますが、区長にその任命権はありません。保健士は役割がおおきのです 。区が何人採用するかの決定権は区にはない。 市川:となると、区ではできないことが多いのですね。 保坂:でかいショッピングモールができて、まちの流れが変わってしまい、バランスの崩れた旧商店 街を活性化するために、用途地域を変更してまちづくりイメージを描いても、それを推進する自治体 としての権限が区にはないのです。まちをみている区がこう変えてくださいといっても、それでまち づくりが進んだ例がないのです。区はまちづくりをコントロールできないのです。世界中どこのまち でも、基礎自治体がそのための財源と権限をもって、考えて、まちづくりを実行するんだけど、東京 都は考えない。考える力なない。権限は持っているだけど、まちの現場の細かな状況を知らないし、 考える経験が蓄積していない。まちをみている区がこう変えてくださいといっても、それでまちづ くりが進んだ例がないのです。地区計画制度というのがあって、全くできないわけではないけど、区 と都の間で手続きが複雑になり、なかなかスピーディにできない。堺市長にその権限が一括して与え られているのでスピーディにできるのです。その違いは大きいですね。
  

   この記録は5月20日の保坂区長ヒアリイングを分民意の会世話人池田の文責でまとめました。

     このページはクリエイト関西21がsupportしています。